
僕が運営しているサイト「宇宙とUFOの謎」に、シベリアで起きた「ツングースカ大爆発」の記事を書きました。書き終えてみて、いちばん心に残っているのは、この謎の中心にあるのが「何かがあること」ではなく、「何もないこと」だという点です。
広大な森がなぎ倒されたのに、現場には地面にえぐられた大きな穴も、宇宙から来た物体の破片も、確かなものは何ひとつ残っていない。ふつう謎というと、正体の分からない何かが見つかった話を思い浮かべますが、ツングースカの場合は、あるはずのものが見つからないことそのものが謎になっています。記事をまとめながら、この「空っぽ」の重さを何度も考えました。
面白いと思ったのは、語られている説の多くが、この空っぽをどう説明するかで勝負していることです。岩石の小惑星なら大部分が高温で消えてしまった、彗星ならほとんどが空中で蒸発した、鉄の小惑星なら大気をかすめて宇宙へ戻っていった。どの説も、かけらが見つからない理由を、それぞれのやり方で説明しています。見つからないという同じ事実が、いくつもの説を支えてしまう。だからこそ、なかなか決着がつかないのだと感じました。
記事を書いていて少しこわくなったのは、原因の天体が、大きめのビルくらいの大きさだったと考えられていることです。その程度の大きさでこれほどの被害が出るのなら、宇宙から来るものを、小さいから大丈夫だとは言えません。国連が6月30日を国際小惑星デーと定めているのも、この出来事を忘れずに備えるためなのだと思うと、遠い昔の話が急に身近に感じられます。
現場の周りに人がほとんど住んでいなかったことも、記事を書きながら何度も考えたことの一つです。わずかな目撃者の話からは、まぶしい光や、体に伝わる熱、雷のような音の激しさが伝わってきます。人の命がほぼ失われずにすんだとみられているのは本当に幸いでしたが、その分、この出来事の姿を伝えてくれる声も、ごく限られたものになってしまったのだと思います。
遠く離れたイギリスで、夜空が不思議なほど明るくなったという話にも心をひかれました。ロンドンの人たちは、真夜中でも文字が読めるほどの明るい空を、どんな気持ちで見上げていたのでしょうか。シベリアで何が起きたのかを知らないまま、ただ不思議な夜として過ごした人もいたのかもしれないと想像すると、一つの出来事が、場所によってまったく違う姿で届いていたことに驚かされます。
研究者たちがようやく現場にたどり着いたのが、爆発から19年もたってからだったことも、この謎の形を決めた大きな要素だと思います。もし爆発の直後に誰かが現場を調べられていたら、今とは違う手がかりが見つかっていたかもしれない。もちろんそれは僕の想像にすぎませんが、時間というものがどれほど大きな壁になるのかを、強く意識させられました。
科学的な説のほかに、宇宙船の爆発を描いたSF小説の話が、事実のように語られたこともあったと知ったときは、考えさせられました。謎が大きいほど、物語と事実の境目はあいまいになりやすいのかもしれません。僕は記事を書くとき、確かな事実と、語られている説を分けて書くようにしていますが、この事件はその大切さを改めて教えてくれました。
爆発のエネルギーについても、研究によって見積もりに大きな幅があります。記事では、一つの数字に決めつけず、幅のある推定として書くことにしました。分からないことを分からないと書くのは、少し物足りなく見えるかもしれません。でも、そこにこそ、今も研究が続いている謎の本当の姿があるのだと思います。
100年以上たった今も、現場の近くにあるチェコ湖が天体の落ちた跡なのかどうかをめぐって、研究者の議論は続いています。空っぽの現場は、答えを語らないからこそ、これからも多くの人を引きつけていくのでしょう。僕も、この謎の続きをじっくり見届けたいと思っています。
詳しくはこちらツングースカ大爆発とは?シベリアの森をなぎ倒した謎の空中爆発
アイキャッチ画像:NASA Earth Observatory image by Michala Garrison, using Landsat data from the U.S. Geological Survey 2024年に撮影された現在の爆発地域の衛星画像です